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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)8号 判決

控訴人 倉林有限会社

右代表者代表取締役 倉林正

右訴訟代理人弁護士 尾崎憲一

同 小澤浩

被控訴人 中周ニット株式会社

右代表者代表取締役 中山周三

右訴訟代理人弁護士 川村正敏

同 高橋民雄

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金四八〇万円及びこれに対する昭和五二年九月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その四を控訴人の負担とし、その一を被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり訂正及び付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(原判決の訂正)

原判決二枚目表三、四行目「自動ジャガードガーメントレンクスモデル七七」を「自動ジャガードガーメントレングス・モデル七七」と改める。

(当審で付加した主張)

一、控訴人の主張

1.本件機械の売買は形式的には控訴人と被控訴人との間の売買となっているが、実質的にはその前所有者である訴外井上産業株式会社と被控訴人との間で売買契約がなされたものであり、控訴人は単に右の両者の間の売買を仲介し手数料五〇万円を得たにすぎない。したがって、控訴人には民法五七〇条、五六六条の瑕疵担保責任の規定の適用はない。

2.仮に控訴人が本件機械の売主であるとしても、右機械の自動切換はコントロールドラムの指令と、これを受けたカッターの糸選択指令によって作動するものであるが、その切換性能はカッターの型によって左右されるものではなく、四本の細い切り込みのあるモデル七七のカッターの替りに一本の太い切り込みのあるモデル九九のカッターをモデル七七の機械に装着して使用しても、その性能には支障がなく、現に、被控訴人が本件機械を購入する前に右機械を使用していた井上産業株式会社も一二個のカッターにつきモデル七七とモデル九九を混合して装着し使用していたが、その性能に支障がなかったし、同種のモデル七七の機械を昭和五〇年一月ころ購入し使用している有限会社小林ニットにおいても、モデル九九のカッターを装着させているけれども、その性能に支障はない。むしろ、本件機械の操作には熟練を要するところ、被控訴人が操作ミスによりカッターを破損させ、その際慎重さを欠いて右機械を強引に稼働させて約二六〇〇本の針の多くを折損し修繕困難な状態に陥らせたのではないかと推察される。

また、本件機械においてはモデル七七のカッターでしか性能を発揮できないとするならば、カッターは取替えが可能なものであり、モデル七七のカッターは入手でき、国内においても製作可能である。本件機械は新製品であれば、当時約一六五〇万円の価格であったが、被控訴人は中古品である右機械を六三〇万円で控訴人から買受け、その買受の数日前に被控訴人会社代表者中山周三は前記井上産業株式会社工場に赴いて、右機械の性能、作動状況、出来上った製品などを審さに確認し、みずから右機械を作動させており、同人は右機械について技術的知識を有する者である。他方、控訴人は主として縦編機を販売している業者であって、丸編機は付随的に取扱っているにすぎず、技術的知識もない。控訴人は被控訴人に対し、カッターの欠損についてまで保証するいわれはなく、仮にモデル九九のカッターでは本件機械の性能に支障があるのならば、被控訴人において自己の費用でモデル七七のカッターを入手又は製作して右機械に装着させるべきである。

したがって、本件機械に隠れたる瑕疵があったともいえないし、被控訴人に契約目的の達成不能があったともいえない。

3.仮に右主張が理由がないとしても、前項記載のとおり、被控訴人会社代表者中山は本件機械について技術的知識を有する者であるが、井上産業株式会社工場において、右機械の性能等を審さに確認し、みずから右機械を作動させたうえ、これを買受けたものであり、瑕疵を看過した点に重大な過失があるので、被控訴人が控訴人に対し瑕疵担保責任を追及することは商慣習及び条理に反し許されない。

4.仮に右主張がいずれも理由がないとしても、控訴人は被控訴人に対し昭和五一年四月イギリス・ベントレー社製SPJ型センターマシン(両頭丸編機)を代金一五〇万円で売渡したので、右売買代金債権をもって、被控訴人の本訴請求債権と対等額において相殺する旨昭和五五年六月二三日当審第三回口頭弁論期日において意思表示をした。なお、被控訴人の右売買契約解除の主張は争う。

二、被控訴人の答弁及び反論

1.控訴人の1の主張は争う。右主張は自白の撤回であるので、異議があるのみならず、右主張は時機に後れたものであるから却下されるべきである。

2.同2のうち、本件機械の自動切換はコントロールドラムの指令と、これを受けたカッターの糸選択指令によって作動するものであること、モデル七七のカッターは四本の細い切り込みのあるものであり、モデル九九のカッターは一本の太い切り込みのあるものであること、被控訴人会社代表者中山が本件機械買受の数日前、井上産業株式会社工場において右機械の作動状況を二〇分間位見たことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。同3のうち、前記のとおり中山が本件機械の作動状況を見たことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

本件機械はゴム編みと地編みを連続して自動的に切換えて編むことができるものであるが、そのためには通常四本の糸を必要とし、これを四本の切り込み(溝)でしっかりと保持しておくことが不可欠で、一本の溝でははずれてしまうので、右機械にはモデル七七のカッターが必要であって、モデル九九のカッターでは右機械は使用できない。

3.同4の主張は争う。控訴人は昭和五一年五月ころ、その主張の編機を被控訴人に送ってきたが、付属部品がなかったので返品を申入れたところ、控訴人は代金は要らないので無料で使用してくれとの返事だったので、返品こそしていないが、売買契約は成立していない。仮に、右編機について売買契約が成立しているとしても、付属部品の欠落により使用不能であったので、被控訴人は買受後間もなく、控訴人に対し右売買契約を解除する旨の意思表示をした。

(証拠関係)〈省略〉

理由

当裁判所は、被控訴人の本訴請求にかかる売買代金返還請求債権の成立を肯認することができるが、一方、控訴人の相殺の抗弁も採用すべきであると判断するものであって、その理由は次のとおり訂正及び付加するほか、原判決理由説示のとおりであるからこれを引用する。

(原判決の訂正)

原判決三枚目裏一二、一三行目「甲第一号証の一、二、第二号証の一ないし六、昭和五二年九月五日」を「甲第二号証の一ないし五、原審証人横山義夫の証言により真正に成立したと認められる同第一号証の一、二、第二号証の六、昭和五三年九月五日」と改める。

(当審での主張に対する判断)

1.控訴人は原審の当初から本件機械を被控訴人に売渡したことを認めていたが、当審昭和五七年二月一〇日第一一回口頭弁論期日において控訴人の主張1のとおり、右売買は実質的には井上産業株式会社と被控訴人との間でなされたものであり、控訴人は両者の間の売買を仲介したのにすぎないと主張する。右主張は本件訴訟の経過などに鑑みれば時機に遅れた主張と判断できなくはないけれども、当審において証人井上昌之、控訴人及び被控訴人各代表者本人を取調べた後の主張であって、この点につき特段の証拠調べの必要もなく、当事者双方からの証拠の提出・申請もないので訴訟の完結を遅延させるものとは認められず、右主張は却下すべきではない。しかし、本件全証拠を精査するも控訴人の自白が真実に反し、錯誤に基づくものと認めるに足りる証拠はなく、かえって〈証拠〉によれば、控訴人は、各種の編機の販売業者であるが、昭和五〇年一月ころ井上産業株式会社に売渡した本件機械を代金五八〇万円で買い戻して、昭和五一年二月一六日被控訴人に代金六三〇万円で売り渡したことが認められるので、右自白の撤回は許されないというべきである。

2.次に、控訴人の2及び3の主張について検討する。

(一)  本件機械の自動切換はコントロールドラムの指令と、これを受けたカッターの糸選択指令によって作動するものであること、モデル七七のカッターは四本の細い切り込み(溝)のあるものであり、モデル九九のカッターは一本の太い切り込み(溝)のあるものであることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、モデル九九の編機は流し編みによる地編みしかできないのに対して、モデル七七の本件機械は通常四本の糸を使用してゴム編み、地編みなどを連続して自動的に切換えて、広範囲の柄編み生地を効率的に編むことができる性能を有し、そのためには切換装置の要になるモデル七七のカッターで四本の糸をしっかりと保持する必要があり、一本の切り込みしか有しないモデル九九のカッターでは糸のはずれや編地落ちなどが生じて、出来上った製品の七、八割までが欠陥品となること、ただ、モデル九九のカッターを装着しても、セーターの裾の部分をゴム編みでなく、ミラノリブ編みにすれば、身頃編みの部分ではジヤガードが編め、また、裾の部分をゴム編みにしても、無地柄の身頃編みはでき、右の二通りの編み方は可能であるが、多様な編み方を自動的に切換えて作動しうる本件機械本来の性能は発揮できないことが認められ、右認定に反する当審証人村川恭史の証言は前掲各証拠に対比してたやすく措信することができず、ほかに右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

(二)もっとも、当審及び原審証人井上昌之及び当審証人高橋義弘はそれぞれ本件機械又は同種のモデル七七の丸編機にモデル九九のカッターを全部装置し又はモデル七七のそれと混合させて装着して作動させても、製品に欠陥はないと証言し、原審における昭和五三年五月一九日及び同年九月五日午後実施の検証の結果に副うもののようであるが、前認定のとおりモデル七七の丸編機にモデル九九のカッターを装着しても二通りの編み方は可能であり、井上産業株式会社及び有限会社小林ニットの各工場においてどのような編み方をしているのかが証拠上明確でないので、右各証拠は前記(一)の認定を左右するに足りない。そして、被控訴人が操作ミスにより、カッターや針を破損させて本件機械を修繕困難な状態に陥らせた旨の控訴人の主張を肯定しうる的確な証拠はないし、また、被控訴人が右機械の操作に不馴れなためにこれを十分に使いこなすことができず、その製品に欠陥があると認めるに足りる証拠もない。

(三)  さらに、当審における被控訴人代表者本人尋問の結果によれば、被控訴人は本件機械にモデル九九のカッターが装着されていることが分ってから、輸入業者である吉田商会を通じてモデル七七のカッターの部品の一部を入手したけれども、その余の大半の部品が既に製造が中止されていて入手できなかったことが認められ、また、右カッター又は部品が国内において適当な価格で製作可能であると認めるに足りる証拠もない。

被控訴人が本件機械を買受ける数日前その代表者中山周三は井上産業株式会社において右機械の作動状況を二〇分間位見たことは当事者間に争いがなく、原審及び当審における被控訴人代表者本人尋問の結果によれば、その際同人は出来上った製品なども見、機械についても同会社の取締役井上昌之から一応の説明を受けたことは認められるけれども、前掲証拠及び前掲山下証言によれば、右中山は本件機械の性能、操作等の技術的知識に習熟しているわけではなく、その操作等は被控訴人会社の従業員である神田某に委せており、かつ、本件機械による諸種の編み方の組合せ及びその出来具合はわずか二、三〇分の作動状況を見ただけでは確認・点検できないことが認められる。

(四)  そうだとすると、本件機械にはその主要な部品であるモデル七七のカッターの装着を欠いていた点に隠れたる瑕疵があるというべきであり、そのために被控訴人はその売買契約の目的が達成できなかったと認められる。そして、被控訴人が自己の責任と費用負担で右カッターを入手して装着すべき特約の存在が本件証拠上認められないので、右瑕疵の修補は控訴人がその費用と労力を負担してなすべき義務があり、それができないときは被控訴人から瑕疵担保責任を追及されることはやむをえないと考えられる。さらに、叙上の認定事実に照らせば、右瑕疵の存在に気付かなかった点について被控訴人に責められるべき落度はなかったものと認められ、また、被控訴人が控訴人に対し民法五七〇条、五六六条一項の瑕疵担保責任を追及することは商慣習にもとるとも、条理に反するとも認められない。したがって、控訴人の2及び3の主張は理由がない。

3.最後に、控訴人の4の相殺の抗弁について判断する。原審及び当審における控訴人及び被控訴人(後記措信しない部分を除く)各代表者本人尋問の結果によれば、控訴人はその主張のころ、その主張の両頭丸編機を代金一五〇万円で被控訴人に対し売渡して、そのころ引渡したことが認められる。被控訴人は右機械は付属部品を欠いていた旨主張するが、その部品が何であるかを具体的に明らかにせず、当審における被控訴人代表者本人尋問の結果によれば、その補填をどのような方法でしたかは判然としないが、被控訴人は右機械を現に使用していることが認められる。そうだとすると、右機械について売買契約は成立していると認められ、原審及び当審における被控訴人代表者本人の供述のうち右認定に反する各部分は前掲各証拠に対比してにわかに措信することができず、また、納品書や代金の請求書の発行がないことも右認定を左右するものではない。そして、被控訴人の売買契約目的の達成不能の証明もないので、被控訴人の契約解除の意思表示は効果を生じないというべきである。

したがって、控訴人は被控訴人に対し右機械の売買代金債権一五〇万円を有しており、控訴人は被控訴人に対し当審昭和五五年六月二三日第三回口頭弁論期日において右代金債権をもって、被控訴人の本訴請求にかかる本件機械の売買代金返還請求債権と対当額において相殺する旨の意思表示をしたことは記録上明らかであるから、本訴請求にかかる債権は、相殺適状の生じた時期である昭和五二年七月二日(本件機械の売買契約の解除の効果が生じた時)に遡って、一五〇万円の限度で消滅したというべきである。

(結論)

してみると、控訴人は被控訴人に対し金四八〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五二年九月三日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべく、被控訴人の本訴請求は右限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。よって、原判決主文第一項を本判決主文第二、三項のとおり変更し、訴訟費用の負担について民訴法九六条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村岡二郎 裁判官 藤原康志 片岡安夫)

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